・松商学園高校
・明治大学
・横浜ベイスターズ(04年〜09年)
長野県諏訪市諏訪中3年時の1996年に日本選抜に選ばれる。
松商学園高校時代は、1年時より第79回全国高等学校野球選手権大会に出場。
3年時は主将となり、1999年の第81回全国高等学校野球選手権大会に2度目の出場。
明治大学では、2002年の春季東京六大学リーグ・ベストナイン(一塁手)。
2003年、主将で秋季には明大のリーグ1000勝目をサヨナラ本塁打で決める。
2003年のドラフト5巡目で横浜ベイスタースに入団。
プロ一軍初打席は、珍プレー好プレーで有名な下柳投手がグローブを投げるきっかけになったシーンでYouTubeの再生回数も500万回を超える。
2打席目には広鳥カープ大竹寛からレフト前ヒットを放つ。釧路で行われた日本ハムファイターズとの交流戦ではスタメン出場。
小学4年生で軟式野球を始める。
高校では松商学園高等学校硬式野球部に所属し、甲子園出場を目指して練習を励む。
大東文化大学へ進学し、野球への理解を深める。
社会人ではスポーツ用品店に勤務し、グラブ・スパイク修理技術を持つ「リペアマスター」を取得。
現在はDOME55にてトレーニングコーチとして活動。野球に必要な筋力、瞬発力、柔軟性の向上を中心に、選手の技術力アップをサポートしている。
私生活では三児(男児)の父として子育てにも励む。
岡山理大付高で甲子園準優勝を経験し、2001年ドラフト4巡目で横浜ベイスターズに入団。
キレのある直球が武器の左腕として活躍。
退団後はメキシクリーグ、米マイナー(ヤンキース傘下)を経て、ヤクルトスワローズで現役引退。
現在は実業家として活躍中。
※鶴ヶ島校担当
正智深谷高校時代は3年夏の打率5割を記録。
駒澤大学入学後も1年秋から主力として活躍し、主将・学生監督としてチームを牽引。
※鶴ヶ島校担当